書店をうろうろしていると、『センス・オブ・ワンダー』という本が3種類くらいあるのに気付いた。
複数出ているということはきっと名著なんだろうと思って、なんの前知識もないままそのうちの一冊を買って帰った。
雨のそぼ降る森、嵐の去ったあとの海辺、晴れた夜の岬。そこは鳥や虫や植物が歓喜の声をあげ、生命なきものさえ生を祝福し、子どもたちへの大切な贈り物を用意して待っている場所……。未知なる神秘に目をみはる感性を取り戻し、発見の喜びに浸ろう。環境保護に先鞭をつけた女性生物学者が遺した世界的ベストセラー。川内倫子の美しい写真と新たに寄稿された豪華な解説エッセイとともに贈る。
(新潮社HPより)
川内倫子が好きなので迷わず新潮文庫版を購入。
レイチェル・カーソンはDDTの危険性を告発し、自然破壊に警告を発した先駆書『沈黙の春』を発表したことで有名(なにかの教科書に載っていた気がする)。
『センス・オブ・ワンダー』はそんな著者の遺作であり、彼女の甥ロジャーに捧げられたエッセイ。
ひとつひとつの表現がみずみずしくて、まぶしい情景が目に浮かぶような文章だった。
そして川内倫子の写真が美しかったのはもちろん、訳者のあとがき、4名の学者/批評家/作家による解説エッセイも読みごたえがあってよかった。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、私たちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。
(新潮文庫「センス・オブ・ワンダー」p.33-34)
自然の美しさ、それを楽しむことのできる感性こそ私たちに必要なものだ、と彼女は書いている。
たしかにいろいろ便利な時代にはなったけれど、引き換えに自然と触れる機会は減っているし、現代人は忙しすぎてそれをゆっくり楽しむ心の余裕もない。
電車に乗っててもみんなスマホに夢中だし、せっかく景勝地へ行っても写真ばっかり撮って、なんだか全部が全部インスタントに消費されてしまいがちでこわいなと思う。
コロナが世界中で大流行して外出できなくなったのが、そういう傾向に拍車をかけたような気がする。
外出自粛の規制がなくなって久しぶりにじかに自然に触れたあの瞬間こそ、もしかしたら立ち返る最後のチャンスだったのかもしれないなあ。
あのときの叫びだしたくなるような解放感、体の底から湧きあがる喜びも、今となっては色褪せた日々の一コマでしかないのが悲しい。
「センス・オブ・ワンダー」の初出は1956年だそう。
今から70年近く前に、この現代を見透かすようにこの文章を記した著者の慧眼には感服する。
もちろん人工物のすべてが悪いわけじゃない。
必要は発明の母とも言うし、現代までの発展はきっと人類に必要だったのだろうと思う。
けれどその一方で、決して失くすべきではないものが確かにあることを、この本が改めて教えてくれた。