吉本ばななの新刊が出るというのを、SNSかなにかで知った。2021年のことだ。
そのときは特に気にも留めなかったのだけど、今年に入って書店で実物を目にしたら装丁があんまりにも美しくて、つい買ってしまった。
たいせつなひとの死、癒えることのない喪失を抱えて、生きていく――。凍てつくヘルシンキの街で、歴史の重みをたたえた石畳のローマで、南国の緑濃く甘い風吹く台北で。今日もこうしてまわりつづける地球の上でめぐりゆく出会いと、ちいさな光に照らされた人生のよろこびにあたたかく包まれる全6編からなる短篇集。
(新潮社HPより)
今年に入って文庫化されており、正直そっちを買った方が安いが、単行本でしか得られないものがある。単行本といってもこの本はちょっと小さめで持ち運ぶにもちょうどいいサイズ感。
表紙の絵はEmma Hartman、装丁は仁木順平。レイアウトが中央に寄っててページ当たりの文字数が少ないので見た目よりは軽く読める。
というか仁木順平って実在するんだ。阿部公房の小説でしか知らなかった。
読み始めたのがブログを始める前で、メモとか取らずのんびりだったので最初のほうの内容は正直あんまり覚えていない。
まあ気が向いたときにちょっとずつ読めるのが短編集のいいところ。
全編通してなにか特別なことが起こるわけではない。ただ淡々と生活が描かれる。
舞台がローマでも、日本でも、ヘルシンキでも、香港でも、等しく時間は流れていって、その日々を否応なくやり過ごすなかで、一生癒えることはないと思っていた傷が少しずつふさがっていく。
世界各地で、ひとつひとつの物語は異なるけれど、生きることのままならなさと、だからこその尊さみたいなものが共通して描かれてて、読んでいると孤独感がちょっと薄れる。
地球の裏側でも誰かが生きてるんだなあ、みたいな感じ。
6篇ともよかったけど、個人的に特に好きだったのは「カロンテ」「珊瑚のリング」のふたつだろうか。どの辺が好きだったのか聞かれると言語化するのは難しい。なんとなく、としか言えないけど、練習していくとうまく説明できるようになるのかな。
「カロンテ」は死んだ友達の面影を追ってローマへ飛んだ「私」が、イタリアでひとしきり友達の思い出に浸って、立ち直って帰って日本に帰ってくる。その物語のラスト、日本へ帰る直前の「私」の気持ちになんだか共感してしまって、いつまでも胸に残っている。
「珊瑚のリング」は母の遺品整理をする「私」の短いお話。母の思い出をひとつひとつ整理しているうちに、ちょっとだけ日々を丁寧に過ごせるようになる、そういう(私にとっては)希望のあるお話だったと思う。
吉本ばななはデビュー作『キッチン』しか読んだことないのだけど、この『ミトンとふびん』も世界観は結構似ていると思う。
著者のなかに、小説を書くことで果たしたいなにか、ずっとブレない芯のようなものがあるのかな。余裕があればほかの作品も読んでみたい。